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東京地方裁判所 平成3年(ワ)17477号 判決

主文

被告は、原告に対し、金四六〇〇万円及びこれに対する平成四年一月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一、原告の請求

主文と同旨

二、事実関係

1. 事案の概要

本件は、不動産の売買契約が仲介業者の知らない間に締結されてしまったことについて、仲介業者が、仲介を依頼した不動産の売主に対し、仲介手数料の支払を求める事案である。

2. 争いのない事実

(1)  原告は、不動産の売買の斡旋及び仲介を業とする会社である。

(2)  被告は、平成三年五月、その所有する別紙物件目録記載の土地及び建物(以下、合わせて「本件物件」という。)を売却することについて、原告に仲介業務を依頼した。その経過は次のとおりである。

〈1〉  原告の常務取締役である武田英二は、平成三年五月中旬ころ、被告に対して本件物件を売却する意思があるか否かを打診したところ、売却してもよい旨の回答を得たので、同月二五日及び二八日の二度にわたり、買主側の訴外フォワード開発株式会社代表取締役宮永龍一郎を同道し、被告の当時の代表取締役田所信隆から現地の案内を受けた。

〈2〉  その結果、宮永が本件物件につき買受けの意向を示したので、関係者間で代金額について折衝を経、同月三一日に至り、宮永は本件物件を代金二三億円で買い受ける旨の同日付け買付証明書(甲第四号証)を発行した。

(3)  また、同日、原告と被告は、次のとおりの仲介手数料支払契約を締結した(甲第五号証)。

〈1〉  被告は、原告に対し、本件物件の売買契約が成立したときは、原告を売主側の仲介業者として仲介手数料を支払う。

〈2〉  仲介手数料の額は四六〇〇万円(売買価格の二パーセント)とする。

〈3〉  支払方法は、売買契約締結時及び売買代金の中間金支払時に各一〇〇〇万円を支払い、売買代金の決済時に二六〇〇万円を支払うものとする。

(4)  その後、原告は、平成三年五月三一日、フォワード開発の関連会社である有限会社東京フジ企画設計事務所(代表取締役林源一。以下「フジ企画」という。)を本件物件の譲受人として、渋谷区長に対し国土利用計画法(以下「国土法」という。)に基づく届出書(甲第六号証)を提出したところ、同年六月一一日、同区長から不勧告通知があった(甲第七号証)。なお、右届出書には、本件物件の売買予定価格として、土地につき二六億六三三一万円、建物につき一億五〇〇〇万円と記載された。

(5)  譲受人として届出されたフジ企画は、平成三年六月二〇日、被告に対し、同月二八日までに本件物件の売買契約を締結することを約して五〇〇〇万円を預託したが、フジ企画が右期日までに売買契約を締結する旨の意思表示をしなかったため、被告は右五〇〇〇万円を違約金として没収した。そこで、被告は、同年七月三〇日に至り、原告に対し、被告とフジ企画との売買契約が同年六月二八日に不成立になったので、仲介手数料は支払わない旨を通告してきた。

(6)  しかし、被告は、その後の平成三年七月三一日、フジ企画との間で、本件物件を代金二二億七〇〇〇万円(没収された預託金五〇〇〇万円と合わせると二三億二〇〇〇万円)で売り渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。甲第一一号証)を締結した。代金の支払方法は、同日手付金一億五〇〇〇万円、同年八月三〇日中間金三億二〇〇〇万円、同年九月三〇日残金一八億円と消費税分二一〇万円、合計一八億〇二一〇万円を各支払うというものであった。

3. 原告の主張

(1)  被告とフジ企画間の本件売買契約は、原告が仲介したことによって成立したものというべきである。原告は、平成三年六月二八日、被告がフジ企画の預託金を没収した後も、被告とフジ企画間の売買契約の成立に向けて精力的に仲介業務を遂行してきた。しかるに、原告の不知の間に本件売買契約が締結されてしまった。右契約締結時に原告は立ち会っていないが、被告が仲介手数料の支払を免れるため故意に原告を排除したものであって、原告の仲介によって成立したものとみなされる。

(2)  この結果、原告は、被告に対し、前記仲介手数料支払契約に従い、平成三年七月三一日及び同年八月三〇日に各一〇〇〇万円、同年九月三〇日に二六〇〇万円、以上合計四六〇〇万円の仲介手数料債権を取得するに至った。

(3)  よって、原告は、被告に対し、仲介手数料支払契約に基づき、同手数料合計四六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4. 被告の主張

(1)  被告とフジ企画間の本件売買契約は、原告の仲介によって成立したものではない。フジ企画が約束の平成三年六月二八日までに本件物件の売買契約を締結する旨の意思表示をしなかったため、原告の仲介による売買契約は不成立に確定した。その後、フジ企画の代理人である田中森一弁護士(被告が多額の債務を負担していた訴外株式会社光進代表取締役小谷光浩の刑事事件弁護人。乙第五号証)の仲介により代金額も当初と異なる本件売買契約が成立したものである。

(2)  仮にそうでないとしても、原告は国土法の届出手続以外に仲介業務をしていないし、被告は専任媒介契約を締結した訴外株式会社プレストに仲介手数料六六〇〇万円を支払っており、さらに本件売買契約は買主であるフジ企画の債務不履行(代金不払)を理由にすでに解除されているから、本件仲介手数料は減額されるべきである。

三、争点

本件売買契約は、原告の仲介によって成立したものとみなされるか否か。

四、当裁判所の判断

1. 被告所有に係る本件物件の売却について、原告が被告から仲介の依頼を受け、その購入を希望するフォワード開発の宮永及びその関連会社のフジ企画側との間で売買の交渉に入ったこと、その後、フジ企画は、平成三年六月二〇日、被告に対し、同月二八日までに本件物件の売買契約を締結することを約して五〇〇〇万円を預託したが、フジ企画が右期日までに売買契約を締結する旨の意思表示をしなかったため、被告が右五〇〇〇万円を違約金として没収したこと、被告は、その後の同年七月三一日、フジ企画との間で、本件物件を代金二二億七〇〇〇万円で売り渡す旨の本件売買契約を締結したことは、前記「争いのない事実」欄記載のとおりである。

2. 甲第八号証、第一三、一四号証、第一五号証の一ないし六、第一六、一七号証、乙第四号証、第六号証、第一一号証、証人武田英二及び同田所信隆の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告の常務取締役である武田英二は、姉で訴外甲南不動産株式会社代々木支店に支店長として勤務する武田幸子から、平成三年二月ころ、東京都渋谷区神宮前の表参道周辺に所在する不動産を探している客がいるので、物件を探してみないかとの連絡を受け、調査した結果、本件物件を知るに至った。その後、原告は、前記のとおり、被告の当時の代表取締役田所信隆に右物件の購入を希望する宮永(フォワード開発の代表取締役でフジ企画の実質経営者)を引き合わせ、被告から右物件売却の仲介依頼を受けた。そして、原告は、買主側である宮永と種々折衝し、同年五月三一日にはフジ企画を譲渡人として国土法に基づく届出書を提出して、不勧告通知を受けた。次いで、フジ企画側の資金手当てについて若干の時間を要したものの、翌六月二八日には被告とフジ企画間で本件物件につき代金二三億円とする売買契約が締結されるまでの準備を整えた。

(2)  平成三年六月二八日の当日、契約締結のため関係者一同が三菱銀行青山支店に集ったが、同銀行の融資回答が出ず、契約締結についての結論は翌七月五日まで延期された。そして、同年七月五日、同月九日及び同月一一日にも、関係者一同(売主側・被告会社の田所信隆、原告会社の武田英二、買主側・宮永龍一郎、甲南不動産の武田幸子ら)が都内の青山や四谷に度々集合して契約締結について協議したが、結論が出ず、同月一一日、宮永が大阪の田中森一弁護士と相談することになって散会した。その後に至り、被告は、同月二五日到達の書面をもってフジ企画に対し、フジ企画が同年六月二八日までに売買契約を締結しなかったことを理由に、フジ企画が被告に預託していた五〇〇〇万円を違約金として没収する旨の通知を発し、次いで、原告に対しても、同年七月三〇日到達の書面をもって、右と同様に契約の不成立を理由として仲介手数料を支払わない旨を通告してきた。その間、被告とフジ企画は田中森一弁護士の立会いの下に同月二六日付け合意書(売買交渉決裂の確認書。乙第四号証)を作成した。しかし、その直後の同月三一日、被告とフジ企画は本件売買契約を締結した。右契約で定められた代金額は二二億七〇〇〇万円で、代金等の支払方法は、右同日に手付金一億五〇〇〇万円を、同年八月三〇日に中間金三億二〇〇〇万円を、同年九月三〇日に残金一八億円と消費税分二一〇万円(合計二二億七二一〇万円)を各支払うというものであった。もっとも、右代金額二二億七〇〇〇万円に、被告がフジ企画から没収した預託金五〇〇〇万円を加え、さらに契約締結の遅延による金利相当分二〇〇〇万円を控除すると、当初の買付証明書に記載された代金額と同額の二三億円になるものであった。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する乙第五号証の記載及び証人田所信隆の証言は前掲各証拠に照らして信用し難い。

3. 以上認定の事実、すなわち、原告の本件仲介斡旋活動と極めて接近した時期における本件売買契約成立の事実、代金額が実質的に前後ほぼ同額である事実、田中森一弁護士の契約関与の時期とその程度等を考え合わせると、被告は、本件売買契約を締結するに当たり、その間際になって、原告の仲介による契約の成立を故意に妨げたものと推認するのが相当である。

そうであるならば、被告は、原告に対し、原、被告間の前記仲介手数料支払契約に従い、平成三年七月三一日及び同年八月三〇日に各一〇〇〇万円、同年九月三〇日に二六〇〇万円、以上合計四六〇〇万円の仲介手数料債権を取得するに至ったというべきである(最高裁昭和四五年(オ)第六三七号同年一〇月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一一号一五九九頁参照)。

4. 被告は、原告が本件売買契約に関し国土法の届出手続以外に仲介業務をしていないこと、被告が専任媒介契約を締結していた株式会社プレストに仲介手数料六六〇〇万円をすでに支払っていること、本件売買契約は、本訴が提起された後、買主であるフジ企画の債務不履行(代金不払)により解除されたこと、などを理由に減額すべきである旨を主張するが、原告が国土法の届出手続以外に仲介業務をしていないことについてはその立証がなく、むしろ原告は契約の成立に向けて精力的に仲介斡旋活動をしたことは前記認定のとおりであるところ、その余の被告主張事実については、仮にそのような事実があったとしても、被告が原告に対し法律上当然に減額請求権を行使することができる事由ということはできないから、主張自体失当である。

5. 以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

物件目録

一、土地

所在 渋谷区神宮前五丁目

地番 六番四

地目 宅地

地積 二〇八・二六平方メートル

二、土地

所在 渋谷区神宮前五丁目

地番 六番五

地目 宅地

地積 一三三・一九平方メートル

三、建物

所在 渋谷区神宮前五丁目六番地四・六番地五

家屋番号 六番四の二

種類 店舗・車庫・倉庫

構造 鉄筋コンクリート・木造スレート葺三階建

床面積

一階 一六九・三四平方メートル

二階 一七七・八九平方メートル

三階 一六三・八〇平方メートル

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